人は見た目が十割、それに気がついたのは、三十代でイタリアに行き、仕事を始めたときのことだった。「ジャーナリストは誰?まだ来てないの?」どこに取材に行っても、そう訊かれた。誰って、カメラマンとわたししかここにいないじゃない、な、なんたるイジメ。!憤慨したが、そのうちイタリア人が意地悪をしているわけではない、とわかってきた。本当に、わたしの外見が記者に見えなかったのだ。外見をことさら重視するイタリア人にとって、わたしはただの助手の小娘でしかなかった。そのことに気がついて、まず眼鏡を買った。四角い黒縁の、ちょっとコワモテのするやつだ。迫力ある仕事バッグも買った。奮発していい万年筆も買い、手帳も買い、そして最後にいつもの服よりひとつ高価なジャケットを買った。くつ、散財だ。しかし、それらのものを身につけると、不思議とイタリア人に対してピクピクしなくなつた。いつのまにか、堂々と微笑んで挨拶できる自分がいた。「イタリア人って本当に面倒くさいよね。人を外見ばっかりで判断してさ、嫌な感じだよ」あるとき、いつも仕事を手伝ってくれる女友だちにそう言うと、在伊二十年の彼女は真面目な顔をして言った。