配偶者を尊敬できない。これはつらい。結婚生活で、これほどつらいことはないと、思うほどだ。夫婦になると、男女の情熱は否応なしに失われていく。悔しいけれど、認めたくはないけれど、好きで好きでたまらないという激しい思いは、新婚の頃がピークという人がほとんどだろとなると、最後に残るのは、一緒に暮らしてきた時間に対する愛着と相手への尊敬の念ということになると思う。尊敬といっても、偉人同士が結婚しているわけではないのだから、それほど特殊なことでなくていい。電気製品の修理ができるとか、手早く料理をつくれるとか、困ったときにさっと助けてくれる等々、小さなことでいいから、何か持っていればそれでいい。私の場合は、自分にできないことができる人に惹かれる。とくに、物事を自分とは違う視点から見る人が好きだ。私は目の前のことしか見えない。物を見るとき、近視眼的な見方しかできないのだ。けれども、夫は私より一歩先を見る。ときには、天井から見るように俯瞰したりもする。これは私には絶対できないことだ。自分とは違う見方をする彼のような人と暮らしたら、さぞおもしろいだろう。そんなふうに思って、結婚した。結婚相手には価値観が同じ人を、と望む人は多い。物の見方が似ている人を選びたいという人もいる。確かに、自分が大切に思うものは、夫にも大切だと思ってもらいたい。けれども、自分とはまったく違う価値観を持つ人との生活も、それはそれで楽しい。「へえ、そんなふうに思う人もいるんだ」と、毎日が驚きの連続となる。ときどき、恋人とものの見方が違いすぎると悩んでいる人がいるが、あまり深刻にならないほうがいいと思う。たとえ価値観が違っていても、お互いの見方を拒絶しない人なら大丈夫。ところで、私の夫は「一緒にいて疲れない人がいい」と言って、私と結婚した。今でも、彼が人をほめるときの言葉で、よく使うのは「あの子は一緒にいて疲れない」である。けれども、彼自身は一緒にいてとてもくたびれる人だ。よく言えば行動的、悪く言えば猛烈にせわしない。つねにガクガクと何かをしている。さらには周囲を巻き込んで行動するタイプである。まあ、だからこそ反対のタイプを求めるのかもしれないが。私のほうは、決して「一緒にいて疲れる人がいい」と思って結婚した覚えはない。けれども、きっと、くたびれてもいいから、新しい世界を次々と見せてもらえる人生のほうがいいと思ったのだろう。はっきり意識していたわけではないが、振り返ってみると、そんなところだ。
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