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ビルマを商圏として利用するタイ

ビルマはミャンマーと国名が変わった。しかし、現在の軍事政権に反対する国や人々は、いまだビルマという国名に固執している。そのひとつがタイでもあった。タイ語でビルマはパーマという。ビルマという英語読みと語源は一緒だ。タイでは政治家も新聞も、そして人々も、いまだパーマと呼ぶ。しかしタイはお得意の二枚舌でビルマと渡り合っていく。片方で軍事政権には批判的な態度を見せながら、その一方でビルマを商圏として利用しようとしていったのだ。

[参考情報]
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伊豆修善寺温泉 湯回廊 菊屋 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad306291/

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http://www.jalan.net/yad378150/

橋の建設がはじまったのはいつ頃だったろうか。タイ側から見るとほぼ橋ができあがっている時期に国境を訪ねたことがあった。一九九六年のことだった。橋を歩いていくと、ほぼ中央あたりに板塀が築かれ、周囲を有刺鉄線でぐるぐる巻いてあった。タイとビルマの政府の合意のもとではじまった事業には違いなかった。そこにはメーソトの対岸のミヤーワディの町まで、ビルマ政府軍の支配下に入ったことを意味していたが、それは完全な制圧ではなかったのかもしれない。どこかタイ政府のフライング気味の建設だった可能性もあった。